ビジネス天国沖縄
FMぎのわん
金曜13時〜14時

お兄さんが亡くなってから兄の声に従ってきたというミシェルさん。霊的に目覚めるようになるまでの話や、スピリチュアルカウンセラーになるまでのきっかけについて話しています。

霊的に目覚めたのは兄が亡くなったのがきっかけ

 

新里:本日のゲストを紹介します。スピリチュアルカウンセラーのミシェルさんです。ミシェルさんはアメリカに10年ほど住んでいらして、テレビにも出演されて大活躍されている方です。

ご自身の経験を交えたスピリチュアルなお話をしてくださったり、色んな方をお手伝いする活動をなさっています。ミシェルさん、よろしくお願いします。

ミシェル:よろしくお願いします。

新里:ミシェルさんのお話は全人類に必要なお話だと思いますので今日は色々お伺いさせてください。ではまず自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか。

ミシェル:ミシェルです。15年ほど沖縄でスピリチュアルカウンセラーをしています。私はお父さんがアメリカ人でお母さんが日本人のハーフなのですが、教育はアメリカでずっと英語で受けていたので、今みたいに緊張すると日本語が難しくなります。

新里:ミシェルさん、急に外国人みたいになるんですよ。

ミシェル:Sorry、緊張してる。First Languageは英語で、緊張したら出てきてしまうので気を付けます。

 

亡くなった兄が強く「伝えろ!」と訴えかけてくる

パーソナリティの新里さん

新里:ミシェルさんはスピリチュアルカウンセラーとして活躍されているんですが、まずはスピリチュアルカウンセラーになるまでのいきさつを聞かせていただけますか。

ミシェル:私は父がMarine Corpだったので5歳から4年間くらいはこちらに住んでいました。その頃から霊的なものが見えたり、人の気持ちや考えていることが伝わってきたり、状況の結果が先に見えたりしていました。

そういう話を母にすると「そういうことはない」と最初は心配されていたんですが、だんだん「変人だと思われるよ」と怒られるようになっていったので、当時はあまり人には言わないようにしていました。

けれど、先に見えていたことが現実に起こってしまったときに、「Oh my God!言えばよかった、そうしたらこうはならなかったかもしれないのに」と思うことがよくあったので、どうしていいのかわからないと感じていました。

ある時、私の小学校の先生が脚立から落ちる夢を見ました。

ちょうどクリスマスの2週間の休みの前にこの夢を見て、先生に気を付けてと言いたかったけれど、言うと怒られるから言いませんでした。

そしてクリスマスの休みから帰ってきたら、先生がいなくなっていたので「先生はどうしたの?」と聞くと「先生はおうちでクリスマスの飾りつけをしている時に脚立から落ちて背骨と首をやられてしまった」と聞いて、すごく悲しくて悔しかったです。

こんなことがたくさんありました。

私はお兄ちゃんがホジキン病という病気で、私が19歳で兄ジャーニーが21歳の時、今から17年前に天国に行ってしまったんですが、お兄ちゃんが亡くなってから見えたり感じたりするのが異常に強くなりました。

お兄ちゃんがとても強く「伝えろ!」「言えって言ってるだろ!」と言ってくるようになったんです。

私はそれから感じたり見えたりしたものを人に伝えるようにしたんですが、お母さんや友達は信じてはくれず、「あんたはおかしいよ」と言われ続けていたので、だんだん自分でも「自分はおかしいんだ」と思うようになりました。

というのも、心理を勉強したときに子どもの時に虐待された子は大人になった時にメンタルの病気になることが多いと読んだからです。

私も小さい時そのようなことがあったので、「そうか、そのせいでこうなったんだな」と思いました。

当時は霊が見えた時に、よく過呼吸やパニックを起こしていたので、まわりの言葉に従って心療内科に行ったんです。そしたらすぐにパニック障害と診断されました。

先生には「ミシェルさん、ドーパミンが過剰に分泌されているのでこの薬で抑えていきましょう」と言われました。

 

女の人のがん細胞が見えた

 

スピリチュアルカウンセラーのミシェルさん

 

ミシェル:今はスピリチュアルカウンセラーとして活動して15年になりますが、お兄ちゃんが亡くなってすぐの頃は、今考えるとスイッチのようなものがずっとついていたんだと思います。

だから何かあるとパニックを起こす、急に不安になる、急に変な考えが始まる。

お兄ちゃんは私に夢で話しかけてきたり、色んな夢を見せてきたりするんですが、当時お兄ちゃんは「ミシェルがもっとバランスを取るには、僕が伝えなさいと言っているものを素直に伝えなさい」と言っていました。

「でもお母さんが怒るから」と言っても「お母さんを裏切ることになるけれど、とにかく俺の言うことをきけ」と言ってきました。

そんなことしたらもっとおかしくならないかな、もっといろんなものが見えるようになるんじゃないかな、ととても怖かったんですが、OKと受け入れました。

そんな時、ある女の人にがん細胞が見えました。知らない人だけどお兄ちゃんが伝えなさいと言うので、彼女にそのことを伝えました。何か月か後に、その人が私を探していると聞いたので会いに行きました。

彼女は私に子宮がんがあると言われて、その時はプイっと行ってしまったけれど、気になったみたいで病院に行ったらやっぱり子宮がんが見つかったそうで、すぐに手術して元気になって、今でも友達です。

そういうことがあって、どんどん伝えるようにしていきました。するとパニックも落ち着いていきました。

 

許し続けることで心が軽くなる

 

ミシェル:私はスイッチのオンとオフがあるんだってことに気づきました。

今は15年もやってきてオンオフの切り替えが上手になりましたが、ずっとオンだった頃は本当に苦しかったです。

私は親が離婚した後はおばあちゃんと一緒に暮らしていたんですが、そこで恨むこと、許さないという気持ちが大事と教わりました。

だから何かあると「お前絶対に許さない」と思うようになってしまっていた時、お兄ちゃんが夢で「お前悪魔みたい」「人を恨みすぎ」「根に持ちすぎ」と言ってきました。

私は小さい時に意地悪をされていました。おばあちゃんの家の周りは日本人ばかりで、たとえば「アメリカ」って呼ばれたり、「お前のお父さん人殺し」と言われていじめられていました。

でも19歳になって、お兄ちゃんが「許します」と言い続けなさいと言ったのでバカみたいと思いながらも「許します」と言い続けていたら、ふと気づいたんです。

「アメリカ、アメリカ」って言われたけれど、私は半分アメリカ人だから、それって本当のことだって。「お前のお父さん人殺し」と言われたのも、Marine Corpだったから間違いというわけでもないって。

いじわるされていたわけじゃないんだ、自分の受け入れ方が悪かったんだって思ったんです。

今まで色んなこと、許せないことがありました。でも「許す」という言葉を言い続けていたら許せるようになって、心がとっても軽くなりました。

人に何かをされて怒る、許さないってことはいいことでもあります。だってそれは自分を守る、自分を愛しているということだから。

でも根に持ち続けると逆に自分を病気にしてしまう。すべては前に進んでいるのに、過去ばかり引っ張っている人は前に進めないんです。

 

兄が導いてくれた新しい縁

ライブハウスモッズの喜屋武さん

 

新里:後半は特別ゲストとしてライブハウスモッズの喜屋武さんがいらしています。

喜屋武さんといえば僕にとっては神様みたいな存在なんですが、ライブハウスモッズで今回ミシェルさんのスピリチュアルスピーチを開催するということで、喜屋武さんからもお話を伺いたいと思います。

喜屋武:僕みたいに鈍感な人にはスピリチュアルなことはよくわからないんですが。

ミシェルさんの言っていることやミシェルさんの世界のことはなぜか知らないけれど僕は良く知っていて、こんな世界があるよと言われる前からそんな世界があることを知っていたという感覚があるんです。

さっきミシェルさんがおっしゃっていた「人を許す」という話、僕も昔はもちろん色んなことがあった時「こいつ絶対許さんぞ」と思っていたんですが、ここ数十年は許しすぎて損をしているなって思うくらいです。

「なんで喜屋武さん怒らんの?」「別に怒るようなことじゃない」って逆に許しすぎて困ってるくらい。

見返りを求めるわけではないんですが、長い目で見たら亡くなるまでに別の形で返ってくるのかなって思ってやっていて、なのでミシェルさんのおっしゃっていることもとてもよく理解できます。

ミシェル:私が喜屋武さんと強い縁を感じているのは、兄のジャーニーはバンドをしていてモッズでも演奏していたんですよ。

私が喜屋武さんとお会いしたのは最近なんですが、モッズって聞いた時に「お兄ちゃんが演奏していたよ!」って縁を感じました。

お兄ちゃんが「俺の教えをみんなに伝えなさい」って言うんだけど、どうしていいのかわからないからお兄ちゃんなんとかしてよってお祈りしていたら、喜屋武さんが来たんです。

だから「これ絶対お兄ちゃんが働いてくれたな」って思います。

喜屋武:今思いついたけど、客入れの時はお兄ちゃんの曲を流そうか

ミシェル:お兄ちゃんがやっていたのはデスメタルだったけど、1曲だけ私がコーラスを歌ってお兄ちゃんが演奏している落ち着いたいい曲があるんですよ。これ流したらジャーニー喜ぶな。

新里:これがジャーニーさんの目的だったかもしれないですね

ミシェル:本当にそう思います。お兄ちゃんは育った環境が本当によくなかったから、お母さんに「ママ、俺が将来ミュージシャンになってママの家を建ててやる」「心配いらない、大丈夫」ってよく言っていました。

だけど本人が16歳になるちょっと前にがんが見つかって結局早く逝くことになってしまった。

ドクターに「もう危ないですよ」って言われたとき、私は「ジャーニー、心配しないで。これからは私がこの世、ジャーニーがあの世で、二人で一つの魂になって生きていこう」って約束をして、それから何時間か後にお兄ちゃんは亡くなりました。

その後の私には、本当にお兄ちゃんの何かが入っていたのかもしれないと思います。

だってそれまで音楽なんて全くしなかったのにピアノを弾いたり歌うたったりするようになったし、パソコンはすぐにフリーズさせてしまうような人だったのにお兄ちゃんの音楽ソフトも使えるようになったし。

やっと去年、お母さんにマンションも購入できたし、「お兄ちゃん、一緒に頑張ったね」って思っています。

新里:喜屋武さん、今回の講演にはいろんな方に来てもらいたいですね。

ミシェルさんの話を聞いて人生が変わる方、前向きになる方が増えると思うんですが、嬉しいんじゃないですか。

 

折れる=Winner

喜屋武:知り合いにミシェルさんのことを「こんな方がいるよ」って話すと、みんな第一声が「こわい~。何言われるかわからん~」なんですよ。

人間って当たり前の欲望があるじゃないですか。

これがあるから人間だよ、っていう欲望。物欲、名誉欲、食欲、性欲、ミシェルさんはこれらがあることを前提にして見たまま感じたままをお話してくださるので、全然はずかしいことってないんですよね。

「こわい」っていうのは人には言えないような部分を暴露されるみたいでこわいとか、将来のことを何言われるかことだと思うんですけど、本当に的確なアドバイスをくださるので、会ってみるとコミュニケーションの取りやすい方だとわかると思います。

新里:あとミシェルさんのアドバイスというのは「人を許す」とか、スピリチュアルの話ではあるんですが、生きていくうえで大切な考え方なんですよね。

やっぱりそういうのがスピリチュアルの世界でも大事なんですか。

ミシェル:大事ですね。気持ちの持ちよう、捉え方、受け入れ方。

新里:喜屋武さんも実践しているからすごいですよね。だからこそ業界のトップを走り続けていらっしゃる。

ミシェル:自分から折れる、というのは「低くなる」というイメージでした。でもお兄ちゃんはずっと「折れる=Winner」だと言っていました。

先に謝る、反省することができる人間がWinnerだということが私にも最近わかってきました。

みんな私のことを「こわい」って言うけれど、私はリアルな人間です。

間違えるし、今でも親に怒られるし、2歳半の子どもがいるし、神様みたいに思うかもしれないけど、全然ちがいます。

でもさっき言ったスイッチが入っているときは何を言ったか覚えていないことが多いです。記憶が遠いというかんじです。

だからミシェルがしゃべっているけれど、何かに利用されてしゃべっているんです。だから私のことを怖がらないでもらえたらなと思いますね。

 

 

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