The Dots
FM那覇(FM78.0MHz)
日曜14時30分〜15時00分

『アメリカではイチローの次に有名な日本人』として知られる吉田ソースで有名なヨシダグループの吉田潤喜会長。19歳で単身アメリカに渡り年商250億円企業を築くまでの激動の人生について深掘りしていきます!

パーソナリティ:伊東純平
アシスタント:友利亘
ゲスト:ヨシダグループ会長 吉田潤喜

伊東:本日はわざわざご出演ありがとうございます!

吉田:大好きな沖縄でございますからね!これで沖縄は4回目かな。

京都の不良が強さに憧れアメリカへ

吉田会長の人生グラフ

伊東:早速グラフの方に移っていくんですけど、4歳の時に生まれてからガクッと下がってますね。

吉田:これは片目を失った時だ。それで6歳までずっと世の中を恨んで喧嘩ばっかりしてたね。小学校入った6歳の頃にはすでにグループができてて番長みたいになってた。

だけど片目を失ったことがあったから今のワシがある。あの時は「なんでワシだけ」って思ったけど。そんな事件が今までいっぱいあるし、それはみんなある。ないとダメなんや。

昔から1人でいることが大っ嫌いで未だに1人で食事もできない。僕の長所はね、自分がさみしがり屋だということを自分で知ってるからそれがものすごいエネルギーになること。

小学校の頃に中学生からバットで叩かれてボコボコにされたこともあって。それで泣いて帰って来たらお袋がものすごく怒ったの。「なんやお前!中学生に負けたんか!」って。「そうや、相手が中学生やから無理なんや」って言ったら「もう1回行ってこい!」って。

それで無理やり追い出されてそいつの家に行ったんやけど、さすがに喧嘩はできんから石ころいっぱい掴んでそいつの家のガラス全部割って来た。そしたら警官が来て(笑)

そんなお袋だったね。

伊東:ほんと漫画みたいな世界ですね。

吉田:俺の人生が一度東京でミュージカルになってるからそれのビデオをぜひ見てもらいたい。

伊東:そこから19歳でアメリカ行くまではどんな少年だったんですか?

吉田:ミニチュアヤクザみたいな感じ。空手ばっかりしとったね。強くならなあかんってばっかり思ってた。強くないと舐められるっていう自分の人生観がこの時にできてしまった。

高校の時は入学した途端に喧嘩大将でグループを作ってた。1年の時に応援団の2年生を袋叩きにしたことがあって。俺は中学の頃から空手やってたから喧嘩は遊びみたいなもんだよ。

それで運動場のサッカーネットのそばに俺1人が応援団のやつらから呼び出しくらって。そいつらはラッパズボンを履いて手を組んで並んでるんだよ。そこで「ここでもう1回やれ」って言われて。そんなこともあった。

大学は空手が強かった立命を受けたけど滑って。それで浪人することになったんだよね。

満足こそが人生の成功の度合い

伊東:19歳に渡米されるということなんですけど、なぜアメリカに行こうと?

吉田:それはもう簡単やろ。強いものに憧れてたからやな。

1964年の東京オリンピックで金メダルを取ってたのはほとんどアメリカだろ。それ見て本当に感動して。

当時の飛行機の券って1300ドルくらいだったんだけど、日本円にしたら1年ちょっとくらいのサラリーマンの給料分くらい。僕らは貧乏で、そのお金を全部お袋が借金して借りてきたの。

伊東:アメリカに行く明確な目的とかあったんですか?

吉田:ない。そんな大きな夢なんてあらへんて。19歳がそんなん考えたことない。

日本を脱出することだけが当時の夢。「とにかくワシは日本を出るんや」と。

それでいいんだよ人生の目的って。目の前のことでいいんですよ。目の前のことがあなたの夢なの。なんで大きな夢を抱かなあかんの。19歳で「アメリカに行ったら成功する」なんて言ってたらそんなの嘘だよ。そんなの信じたらあかん。

それで向こうに着いたらまた別の夢が出てくるねん。

当時は飛行機の券はどこでも現金に変えられたから、帰りの飛行機の券を現金に変えてそれで車を買った。寝泊まりするために。免許もないし車を運転したこともなかったけど。

その時のことはあんまり覚えてないけど、後悔はしてないな。

自分がやりたいと思ったことをやったら、人間って後悔しないんだよ。それを若者には知ってもらいたい。

思ったことやれって。ほんなら後悔は残らない。世間が言う「失敗」とか「成功」って全然意味ないんだよ。「で、あんたは満足だったのか?」っていうことが大事。

例えば好きな女と駆け落ちしたとしようや。それでそのあとに苦労したと。そしたら周りの人間が「こんなブスとよく駆け落ちしたな。そんな苦労して」って言うかもしれん。で、それで何が残るねん?っていうと満足が残る。

満足こそが人生の成功の度合いなんだよ。

そういう精神状態だから4回も破産しかけてるんだけど(笑)

伊東:そこから空手をアメリカで教えられたんですよね?

吉田:アメリカに行ったのはちょうどブルース・リーが有名になった時で。アメリカ人からしたらカンフーも空手も同じで、当時は空手ブームがすごかった。

で、空手がブームになって皿洗いの仕事したり車で寝泊まりしてたんだけど、ある時「お前空手知ってんのか?」って言われて。

それで空手を教えてる大学に見に行ったら、しょーもない白人が指導してて。それで呼ばれて組手してその白人をボコボコにしばいたったの。ほんなら、その白人から「俺のアシスタントしろ!」って言われて。

アメリカは空手ブームだけど空手教えられる人が本当いなかった。

それで空手を教え出したんだけどね、最終的にはワシントン州の警察学校の最高師範になった。トントン拍子に道場なんかを17個くらい作った。

6年で四度の破産危機を乗り越える

吉田会長の人生グラフ

伊東:吉田会長といえば吉田ソースのイメージが強いと思うんですけど。吉田ソースを始められたのは何歳くらいの時ですか?

吉田:33歳の時だよ。で、初めて7ヶ月くらいで破産しかけたんだよ。ほんまアホやで(笑)

伊東:なんでまたソースを売ろうと?

吉田:道場を持ちながら警察学校とか大学で空手を教えて、ええ格好しとったの。ところが1982年に経済恐慌が始まってものすごい不況が起こって生徒がどんどん減っていった。

その時の生徒たちはクリスマスのプレゼントを毎年くれるから、お返しをしないといけないわけだけど、でもちょっとお金がない状況だった。それでうちのリンダ(妻)が「実家のお母さんの焼肉屋のタレを作って配ろう」って言って。そこの焼肉屋はタレが好評だったから。

そしてそれを瓶詰めして配ったらすごい評判が広まった。お金を出してでも買うからって言われたりして「これは商売になるな」と思ったんだよね。

伊東:じゃあ「ソースを作ったら流行るな」っていう考えで計算して始めたわけじゃなくて、最初はプレゼントしてたものを流れでだんだん商品化していったと。

吉田:その通り。当時は皮算用か計算ってなかったんだよ。ありのままの直感に従って行動しただけなの。全て直感の10秒の決断。

工場っていっても道場の地下でちっぽけな鍋で作ってたんだよね。「作るに至るまでの過程は覚えてますか?」とかよく聞かれるんだけど、気がついたら道場の地下でソース作っとったから全然覚えてない。

人生ってそんなもんやで。

計画立ててどうのこうのって、それでリスクがどうとか言うて、気がついたら結局みんな動かへんねん。銀行の言うこと聞いてるやつはアホやで。

伊東:僕らの世代とかは「起業する」ってなると準備を周到にしてじゃないと踏み出さないと言う人も多いと思うんですけど。

吉田:アホやそんなもん。それが正解やったらみんな成功しとるわ。

やっぱりね、人生の成功って直感で動いた人が勝つ。人生の決断は10秒や。で決断した時にはもう動いとんのや。

それで次また直感の決断が必要になってくるんや。それも10秒で決めるんや。

一晩中悩んで悩んで出る答えなんて、所詮後悔すんのやで。そんな一晩中悩んで答えなんて出るわけないやろ。人間って悩んで悩んで出す答えは利害関係とか損得感情で決めてるところがあるんだよ。

やっぱり直感やで。やりたい時にやってまえ!っていう。

創業7ヶ月で一度目の破産危機

伊東:それでソースを売り始めて7ヶ月でグラフが急降下っていうことなんですけど、これは何があったんですか?

吉田:いや、アホでよ。手で一本一本入れてたのよ。で、調子に乗って売り上げ以上にラジオの宣伝を出したの。それで破産しそうになった。

わし調子に乗っ取ってん。2回目でも同じことが起こるんだけど、調子に乗ったら絶対に潰されるねん。それを教訓に学んだ。

伊東:ここからまたグラフが上昇するんですけど、何かきっかけがあって上がったんですか?

吉田:小さい時に学んだ「こんちくしょう、今に見とれ!」っていう考え方がもちろんあったんですけど。それよりも帰るところがなかったんだよね。逃げ道がなかったんだよ。

人生ってそれが大事だと思う。100%のパッションってそういうことだよ。99%のパッションなんて1%でも逃げ道を作ってたらゼロと一緒。みんなどっかで逃げ道作っとる。

アメリカなんて1%でも逃げ道作ったら間違いなく潰される。食われる。もう100%しかあらへんねん。

100%のパッションっていうのは「死に物狂いに自分の夢を信じてんのか?」って。「死に物」っちゅうのが大事や。

命をかけるかかけないかだな。

調子に乗って二度目の破産危機

伊東:それでまた、35歳の時に2回目の破産の危機が。

吉田:また調子に乗っとってん。ベンツ乗ったりいい格好し出したの。初めての携帯電話を700ドルで買ってしまったりよ。

1回どん底に落ちかけると、2回目の成功は前よりも高く上がるんだよね。そしてまた落ちるねんけど、それがまた痛いんや。なんでって2回目は1回目よりも高いところにいたから。

それ以来ベンツは絶対買わん。そんな金あったら従業員の給料あげたったら良かったのにって思うね。

それで学んだのは、ワシらは人生も商売も見栄でよう潰してるところあるんや。

人間関係も見栄があるんや。「なんであのとき許せなかったんや」って。夫婦関係もそうだよ。見栄が我々の最高の敵。それでみんな人生を潰してる。

伊東:1回上手くいくと特にそういう見栄って出てしまいますよね。

吉田:調子に乗るねん。俺のお袋が常に言っとったよ。「じゅんちゃん、調子乗ったらアカンで」って。

金儲けじゃないねん。人儲けをしろ

伊東:起業した当初の自分に、今の自分が戻って何かアドバイスできるとしたらどんなアドバイスをされますか?

吉田:人儲けをしろってことかな。死に物狂いだから、周りに目を配らないことがあったと思うんだよね。がむしゃらに走ってるから周りが見えない時ってあるやんか。がむしゃらにやってるからあんまり覚えてへんねん。

どういう時にどんな苦労をして、どうやって解決したかってほとんど覚えてないんや。がむしゃらやったから。

だけど振り返ってみて、借金して事業失敗してきたけど、その時に関わってた人は今でもみんな友達ですよ。

結局、人儲けしとったの。金儲けじゃないねん。金儲けばっかり追いかけたら金も人も逃げる。

その代わり人儲けってことを学ぶと、人と金がついてくる。振り返ってみたら「ワシ人儲けしとったな」っていうのがある。

破産危機からの一晩で大逆転

伊東:今度はまた36歳の時に3回目の破産危機が訪れてるんですけど…

吉田:3回目の時はゴルフ場や。ゴルフやったことないけどゴルフ場を2個作ったの。日本がバブルで金がどんどん来たの。

それで大損した。あの時は吉田フードから全部売りに出した。

伊東:4回目はどういう失敗を?

吉田:これは吉田フード以外の事業に手を出した時だよね。で、4回目の破産危機が水産業界に入ってミル貝に手を出して大損したとき。

結局、価格競争に負けたんだよね。世界中であんな大きなミル貝ってシアトルでしか取れないんだよ。

で、売れなかった。もともとやってた競争相手が俺の値段よりずっと安く売ってたから、俺のが全然売れなくて。

そんで「もう潰れるわ」と思った。家も全部抵当に入れて。

「もうアカンわ!」っていう時に、その競争相手の会社が没取されたの。船が8つあって全部凍結された。その会社は船の底に穴開けて好きな物とってて、アメリカで初めて水産業界で組織犯罪法を適用されてた。

それで競争相手がいなくなって、気がついたら一晩でミル貝の業界で俺の会社が60%のマーケットを抑えてたの。

そこからそらもう、言い値で売ってたね。本当に赤いダイヤってもんだよ。3ヶ月で借金も全部返した。競争相手が捕まってからは1週間ごとに値段を上げていったの。

1パウンド、1ドル25セントで売ってたものを7ドルくらいで売ってたんじゃないかな。「こんなに儲けてええのかな」って思うくらい儲けた。そんな人生なの。

 

日本とアメリカのビジネス環境

伊東:日本とアメリカの「ビジネス環境」の違いってどういうところがありますか?

吉田:アメリカは敗者復活がある。日本はあらへんねん。失敗したら終わり。

日本の場合は「あそこ、変な話になったのよ」というだけでその人は終わり。「あそこ、一回破産してるのよ」で終わり。

でもアメリカは成功した会社ってみんなどっかで潰れかけてんねん。ジョブズにしてもゲイツにしてもみんな100%で成功してるわけじゃない。そこが大きな違い。

アメリカと日本の税法って全然違うねん。アメリカは今日失敗したら、過去7年間の納税した分が返金されて戻ってくる。

日本は「これから儲けた分から引いたる」や。そんなんで敗者復活なんかできる?狂っとるよ。

僕らスノーボードのビジネスで15億の赤字出したんだよ。昔アルペンさんのキスマークっていう自分のブランドを出してどんどん拡張して大損した。

それでも潰れなかったのは、過去に吉田フードから全ての業界で払った税金から一瞬にして金が戻って来た。そら潰れないよ。倒産する必要がねぇんだもん。

そういう制度は日本はあらへん。大損したら「将来儲けた分から引いたるわ」って。

だから金持ちはみんな海外に逃げるだよ。だけどそれも出国税ってかこつけて捕まえるんだよ。それで株を全部押さえられて、「戻って来るなら返す」って。

振られる度にもっといい女が現れる

伊東:吉田さん自身たくさんのどん底を経験されて、頭にピストルを突きつけたことがあるというのも本で拝見しました。もし今まさにどん底にいる人がいたら、何かアドバイスできることはありますか?

吉田:あるある。俺もこんなええ格好してても1回自分を殺そうとしたから、それが1つのエネルギーなんだよね。

「あの時なんで思いとどまったんや?」って結構言われるんやけど、家族のためでも妻のためでもなくて。

アホらしくなって「なんで俺が死ななあかんねん」って思った。なんでワシだけ死ななあかんねん、馬鹿らしいって。

借金抱えてゴルフ場も目の前で潰れかけてるっていうけど、死ぬっていうことに対しては馬鹿らしさがあった。

ほんなら「なんかオモロイな!」って思ってウキウキし出したの。夜中の3時だけど。

そんなもんだよ人生って。なんでワシだけやって思った時に馬鹿らしくなって来る。

女に振られてクスクスしてる馬鹿もおるけどよ、そんなん次の日に新しい女探せよ、なんぼでもおるわって!(笑)

それが人生だよ。次のチャレンジを見つけないと。

毎晩、泡盛飲んで酔っ払ってゲーゲー吐いてる人生よりも、すぐに他の女をハンティングしにいけよって。その方がなんぼか楽しいわ。ほんでまたすぐ振られるんだけど。でまたチャレンジするんだけど、振られるたびにもっといい女が現れる。

チャレンジした後にそれ以下のブスになることは絶対にありえない。そういう夢を私は70歳になっても未だに追いかけております!

【3月31日】吉田潤喜  沖縄講演会

今回出演いただいた吉田会長が、沖縄でチャリティ講演会を実施されます!より深く、自身の目で吉田会長のエッセンスを吸収したい方はこの機会にぜひご参加を!

日時:
2020年3月31日
18時45分〜21時30分

場所:
琉球新報ホール

詳細・申し込みはこちら:
チャリティ講演会公式サイト

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