The Dots
FM那覇(FM78.0MHz)
日曜14時30分〜15時00分

父親が作った会社を継いだ2代目社長の仲宗根康太さん。業績が好調でも虚無感が残った時に気づいた、仕事をする上で本当に大事なものとは。

パーソナリティ:伊東純平
アシスタント:友利亘
ゲスト:LIXIL不動産ショップリビング住建
    代表取締役 仲宗根康太

LIXIL不動産ショップリビング住建

伊東:LIXIL不動産ショップリビング住建、代表取締役の仲宗根康太さんにお越しいただいております。

仲宗根:宜野湾で不動産業を営んでおり業界歴は13年目になります。隣の友利さんとは高校の部活が一緒で僕の後輩になります。

友利:高校の時はあまり話してなかったですよね。先輩怖かったんで…(笑)

伊東:少年時代はどんな感じだったんですか?

仲宗根:小学校からバスケをやっていて、小中の頃はキャプテンをやってました。問題があれば真っ先に呼ばれるようなタイプの子供でした。

大学院を中退、東京と大阪に修行へ

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仲宗根:大学は福岡の方で、院まで行って土木の勉強をしてました。途中で中退したんですけど。

伊東:それは父親の会社を継ぐために?

仲宗根:いえ、うちの会社は今年で23年目なんですけど、私が入社する前は建築関係のキッチンとか床とかの販売代理店をやってました。だから大学で勉強したことは全く関係はしていないです。

伊東:22歳の時に一番グラフが下がってるんですけど、これは何故なんですか?

仲宗根:とにかく大学院時代の生活がきつかった。それまで親に金銭的に支援してもらってたんですけど、自分のワガママであと2年行くということで、バイトもやりながら通うという約束の元で行き始めたんですけど。

蓋を開けてみると思ったよりきつくて、工学部なんで実験したりまとめたりで家に帰れないくらい生活でした。5日くらい寝れない時もありましたね。

そんな中で当時の教授といざこざがありまして…それがきっかけで辞めました。

当時バイトしていたコンビニの店長に可愛がっていただいていたのもあり、辞めてからはコンビニの店長をやり始めました。

そんな時に親父が福岡に来て中洲で一緒に飲むことがありまして。

『もともとやっていた建築資材の販売に飽きた。そこで不動産業をやってみたいから、今のコンビニを辞めて宅建を取れ』というようなことを言われて。そこから猛勉強が始まりました。

でも会社の中に不動産経験ある人がいなかったので、東京と大阪でも修行してこいと。

伊東:それを父から聞いた時にはどう思ったんですか?

仲宗根:13歳の時に父が今の会社作ってて、14歳の頃には社長になりたいと思うようになってて。

大学で福岡に行ったのも、父が「今の会社はあまり将来性がないから土木がいいんじゃないか?」っていうアドバイスをもらってて。業種問わずに社長になれるならなんでもいいくらいの安易な考えでした。

いきなりの営業不振

伊東:それで24歳で今のお父さんが作ったに入社されたと。いきなり営業不振が3年間続いてますね。

仲宗根:この時は不動産の売買の仲介をしてました。

県外で半年間修行させてもらってた会社が老舗の会社で、そういうところってすでにお客さんを抱えてるのでやり方が違うんですよね。新しく始めると種まきからしないといけないので。

この業界で俗に言われてるのが「3年くらいは何もないよ」って。私はずっと修行して来たので、「このやり方が正しいんだ」って思うようなやり方で3年くらいやってました。

伊東:この間の気持ちはどんな感じだったんですか?

仲宗根:辞めたいと思ったことも何回もあって、親と「閉めるか」って話したのは覚えてるだけでも5回くらいあります。

28歳で結婚するんですけど、それまでは今の妻に愚痴ばっかり言ってた気がします。

伊東:そんな状態でも辞めずに続けれたのってなんでなんですか?

仲宗根:意地ですね。単純に人の下が嫌っていうのもあったと思います。

27歳くらいの頃から業績が上がって来た感じです。種まきはしっかりやってたので、それがそこでようやく収穫できて来た感じですね。

伊東:ここから安定の期間が続いてますね。結婚して子供が生まれると仕事へのモチベーションは変わりましたか?

仲宗根:変わりました。私は男は稼いでナンボだと思ってるので、守るものが増えたというか。

幼少期の頃に父が頑張ってるのもみていて、他の家庭に比べて裕福な方ではあったのかなと。だから自分の子供たちにもそれ以下の生活をせたくないなという思いもあります。

業績好調でも虚無感

伊東:そのあとに営業成績が良かったけど、虚無感が続くと。

仲宗根:会社のグラフでいうと利益も自分の給料も上がってるんですけど、なぜか満足できないという感じでした。

今だから分かるんですけど、自分が本当に求めてるものをちゃんと追い求めてなかったんですよ。

ただ売り上げが上がればいい。そしたら給料も上がって家族も安定するだろうと。それだけしか考えてなかったので。

伊東:そんな状態で続けてると2年後に「仕事において先代と大喧嘩」と。ここについて詳しく聞きたいです。

仲宗根:33歳から34歳にかけて、なんでこんなに虚無感が出るかと考えた時に、一人だったんですね。

人の育成をしてないんですよ。育成をしないからただ疲れているだけ。そんな中で父に「もっと人を入れて育てていこう」と提案や相談をしながら。

恥ずかしながら離職率がすごい高い会社でして。

それも数字ばかり追いかけてるからだったと思うんですよ。もちろん数字は大事なんですけど、本当に大事なのはそこじゃなかったんだろうなと。

伊東:それがきっかけで大喧嘩に?

仲宗根:詳しく話しと3時間くらいかかるんですけど(笑)簡単にいうと仕事のことで。

生きがいが働きがいになる会社

伊東:それでこの喧嘩はどういうふうに決着がついたんですか?

仲宗根:人に助けられました。すごく尊敬してる先輩2人に話を聞いてもらったり、仕事でお世話になってる人に間に入ったりして。これがきっかけで去年、会社を継ぐことになりました。

伊東:継ぐ前と後で仲宗根さんの中で変わったことってありますか?

仲宗根:変わったというか変えた部分なんですけど、やっぱり人なんですよ。

社員にとって生きがいが働きがいになる会社にしたいなということで。去年からひたすらマネジメントとか能力開発の勉強をするようになりました。

伊東:そこからはモチベーション高く?

仲宗根:そうですね、楽しいですよ。

伊東:虚無感があった時と今とで一番違ったところってどこなんですかね?

仲宗根:35歳で事業承継していて、その時は正直苦しかったんですよ。でもその時に絶対に変えなかったのが人間関係です。

それを続けているとみんなが仲が良い会社で、ただ仲が良いだけじゃなくて業績も上がってます。

でも実際社員に聞いてみたらどうか分からないかも(笑)

自問自答を繰り返す

伊東:営業成績は好調でも虚無感という状態は長く会社をやってると陥りがちな悩みなんじゃないかと思ってて。もし当時の仲宗根さんと同じ状況の方がいれば、どういう言葉をかけてあげられますか?

仲宗根:心理学的なことなんですけど、人の悩みの8〜9割は人間関係らしくて。

仕事で悩んでるように思えて、実際悩んでるところは仕事環境における人間関係に原因があることがほとんどで。

これらを改善構築していくためには、「自分は何を求めているのか。自分にとって本当に大事なものは何か。」それをずっと自問自答することで、今とってる行動が本当にこれで良いのかということをずっと考えていると閃きが出てきます。

私は今でもずっと自分に問い続けています。

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パーソナリティ:伊東

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