The Dots
FM那覇(FM78.0MHz)
日曜14時30分〜15時00分

少年期に母の急病で生活保護を余儀なくされ大学進学を断念し教員への夢を一度諦めた宮平さん。43歳で組織強化コンサルタントとして独立し、そこで気付いた人生の点と点の繋がりとは。

パーソナリティ:伊東純平
アシスタント:友利亘
ゲスト:組織強化コンサルタント 宮平貴裕さん

伊東:今はどういうお仕事をされてるんですか?

宮平:組織強化コンサルタントをしています。経営者っていろんなことに悩んでるんですけど、その悩みのほとんどはお金と人なんですね。

特に人での悩みが多いので、人の問題や組織の課題などを一緒に解決していくという仕事をしてます。経営者の方って結構孤独な人が多くて、僕に色んなことを相談してくれるので聞き役になることも多いですね。

生活保護から21歳で共同創業

宮平さんの人生グラフ(クリックで拡大)

 

伊東:小学校の頃に「母が入院生活となり生活保護を受けざるを得なかった」とありますが、これは突然?

宮平:母が精神的な病気を患っていたので長い間入院することになってしまって。

うちの父親は土木作業員でそれほど稼ぎが多い訳でもない中で母の入院費が毎月莫大な金額になりました。

親父の稼ぎだけだと生活ができないということで、生活保護を受けざるを得ない状況になって色んな制限をされる訳ですよ。僕は子供ながらそれがすごく嫌で、人目を機にするような子供だったのかな。

家の中も荒れていて服もあまり洗濯してもらえなくて、ご飯もあまり食べられなくて、ちょっと薄汚い子供でもあったんですよ。今思い起こすと辛い少年期だったと思います。

伊東:中高時代はどんな感じだったんですか?

宮平:なんとか学校には行かせてもらっていて、背が大きくなりたいからバレーボール部に入りました。

伊東:20歳くらいの時からグラフが急上昇してるんですけど、ここで世界一尊敬している方と出会うことになると。

宮平:そうですね。高校を卒業して「金がないので進学を諦めてくれ」と親に言われまして。

でも「どうしても専門学校には行かせてほしい」ということで、情報処理の専門学校に行くことになって、すぐバイトを始めました。

今はもうないと思うんですが、ブックボックスという本屋とレンタルビデオ屋さんが一緒になってるお店です。

そのバイト先の店長が、家で教えてくれなかったこととか学校で教えてくれなかった色んなことを教えてくれました。今の僕があるのはその方のおかげですね。

この方と後に、僕が21歳の時に一緒に会社を創業します。

バイト先の店長と会社を創業

伊東:なぜ会社を創業しようと?

宮平:その方から「俺の夢に賛同しないか?」っていう話をいただいて。

専門学校を卒業して1年だけサラリーマンをやってたんですけど、このまま人と同じ人生を歩んでても変化を起こせないなと思った時に、この人と一緒だと人生楽しそうだと思いました。

会社を起こすのがどれだけ大変なことかは後々知ることになるんですけど…

何をするかよりも誰とするかっていうのが大事だと思っていたので。

僕が21歳で、店長はその時29歳でした。そのバイト先にいた女の子がいて、そのこと僕は結婚することになります。嫁まで紹介してもらったので頭が上がらないんですよ…

伊東:そのバイト先に行ってないとまったく違う人生でしたね。

宮平:「もしあの時大学行ってたら」って考えるとまったく違う人生でしたからね。

伊東:もっと遡ると、小さい頃の辛い生活があったからこそというのもあるのかも。

宮平:過去の書き換えはしてしまってますね。あの時は辛かったですけど、あれがあったから人に負けないように頑張ろうとか、自分が大人になったら自分の子供には同じ思いはさせたくないなという気持ちは人一倍強かったので。

伊東:この時に祖業した会社は何をする会社だったんですか?

宮平:ピザーラを沖縄本島に持ってきた会社です。フランチャイズから初めました。

あとはお寿司屋さんとか食堂をやったり、カーブスを沖縄に持ってきたのはうちの会社でした。

マクドナルドの面接の極意をカンニング

伊東:そこから『エキサイティングな青年期』が30歳まで続きますが。この期間はどうでした?

宮平:ほんとに何もわからないのでエキサイティングでした。21歳の時に1号店の店長をやることになるんですけど。経験もなしで勉強もして来ませんでしたから。

例えばアルバイト生の面接をする時は、「マクドナルドの面接の極意」みたいな本をカンニングしながら面接してたくらいです。手探りで大変苦労しました。バブルがはじけたあとだったので、すぐ上手く行くと思ったら結構苦戦しました。

伊東:何が一番大変でしたか?

宮平:人の下で働く経験が少なかったので、雇われてる人の気持ちになりきれなかったことですね。

そうすると色んな人が辞めて行ったりして苦労しました。

伊東:それはどういう風に乗り越えましたか?

宮平:痛みで覚え行った感じです。その中で社長からも周りの方からも色んなことを教えてもらって支えてもらってました。

1人だとずっと「自分は悪くない」と思い込んでたかもしれないです。

自分の夢を深堀りしていくことの重要性

宮平さんの人生グラフ(クリックで拡大)

 

伊東:そのあと国際青年会議所で社会貢献活動を始めると。

宮平:これは社外活動で、全世界に組織を構える団体での活動です。色んな地域でのボランティアをしたりとか。

会社を創業して12〜3年くらい経って、店舗数も20店舗を超えてきたくらいの時期でした。そろそろ現場もやりながら社外の方と接しながら力をつけて行ってほしいということで。

もともと家と会社が幸せだったらいいと思ってた人間で、世の中のことにあまり興味がなく選挙にも行ったこともないくらいの考え方だったんですが…

そこの団体は経営者の方が多くて、その経営者の方たちに揉まれて行く中で色んな成長をして行くことになりました。人生でも指折りの転機だったと思います。

伊東:このとき宮平さんの中でどんな変化があったんですか?

宮平:それまでは石橋を叩いても渡らない性格だったんですよ。でも周りに経営者が多くて「とりあえずやってみたらいいんじゃない?」みたいなノリが普通で、当たり前の基準が上がって行きました。

動けば動くほど認められる部分も多くて、自己肯定感も上がって行きました。会社と家の外では何の実績もなかったので、そこで自己肯定感が上がって行ったのが大きかったです。

この仕事が国内700箇所くらいあって。沖縄にも10箇所あるんですね。その中で色んな活動をするんですけど、メンバーをトレーニングする部会があってそこに入ってたんです。その頃、うちの会社の社員とアルバイトが500〜600人くらいになっていたので、人を育成することをやっていかないといけないよねということもあって。

もともと教員になりたかったということもあって、『人を動機付ける』ということが好きで真似事でやってたんです。

それをやる部会があって、色々学べるということで全国各地のJCさんにお邪魔して研修をやるということをやっていました。その中では経営者が多かったので、「うちの会社でもやってくれ」っていう声がポツポツでてきて。

それで人からありがとうを言ってもらえるので、これをビジネスとしてやって行きたいと思ったのがこの頃です。この仕事がすごく楽しくて、頑張ってる感がなかったんですよね。

志を忘れずに温めておくと手段はたくさんある

伊東:40歳の時に独立を決意したのはきっかけがあったんですか?

宮平:40歳の時の誕生日に、会社で働きながら個人事業を立ち上げたて二足の草鞋を踏んでました。昔は「40歳」ってきくと萎れたオッさんってイメージがあったんですけど(笑)

実際なってみれば意外と体力もあるなと。それで経験もあったので「もしかしたら40代っていうのは人生を加速させる時期なんじゃいかな」と思うようになりました。

「本当にやりたいことはなんだろう?」と思った時にコンサルタントという仕事をやってみたいと思って。

コネもないし食っていける状態でもなかったんですけど、やらない後悔よりはやって後悔する人生にしたいと思って43歳の時に独立しました。それが4年前くらいになります。

その時に思いました。

教員になってないのに、先生と呼ばれてるようになってるなと。教員というの手段でしかなくて、僕が本当に求めてたのは実は「人を動機づけすることに携われる人生」を送りたかったんだと。

志を忘れずに温めておくと、手段はたくさんあるんだということにハッと気付きました。

大学に行けないと分かった時点で教員は諦めたんですけど、それがあらぬ形で叶ってしまったんだと。

伊東:「なぜなりたいのか?」を掘り下げて行くとまた違った選択肢が見えてくるのかもしれないですね。

最後に、一番グラフが下がってる辛い時期(小学校から中高生まで)と同じ状況にいる人がいたら、どう声をかけてあげられますか?

宮平:「自分の人生、自分の可能性を信じ続けてね。必ず明るい未来が待ってるので、信じ続けてね」ということですかね。

諦めたらそこで終わりですけど、信じて諦めなければ、当初思ってた叶い方とは違うかもしれませんが、必ずそこにたどり着くことが、その人にあった形でできるんじゃないかと思います。

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